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サー・トーマス・アレンのリサイタル/Wigmore Hall 7/7

2008年07月28日
 サー・トーマス・アレンのリサイタル。ネタ編に引き続き、もう少しマジメな感想編です。

 今回、ウィグモアのホームページで予告されていたのはフランス歌曲ばかりでした。

 歌曲の世界は全く不案内な私です。それでも、ドイツものやイギリスものならまだ何とかついていけると思ったけれど、おフランスだなんて……。オペラだってフランスものにはちょっと馴染みが薄いのに。

 いくら兄さんの歌唱にベタ惚れだからって、知らない曲を延々と聴かされているだけでは、「シュテキ~(*´Д`)」だけで終わってしまうわ。

「この次、いきなり低い音になりますが、ダイジョブですか?」
「ココのフレーズ、レガートで歌いますか? それとも“オホホホ唱法”※注1で誤魔化しますか?」
 なんて、心でツッコミを入れつつ鑑賞させていただくのが、兄さんファンをやっている醍醐味ってモンです。

 そこで、行きつけのCDショップやiTunes Storeを駆使して、何とかプーランクとドビュッシーの歌曲集を探し出しました。時間が無かったので全てを集めるのは無理でしたが。

 集めた音源のうち、プーランクの"Le Bal Masque"はアレンのもの。13年くらい前の録音で、まだ声音にぬめりがあります(笑) どうせすぐ生で聴けるのに、ついつい購入しちゃうんですよね。

 その他のプーランクは、誰だか知らないフランス人歌手(複数)が歌っている4枚組CDで入手。オペラ歌手じゃないんじゃないかと思うくらい腹に力の入らんナヨナヨ声で、慣れるまではちょっと閉口しました。

 ドビュッシーの"Trois Ballades De Forancois Villon"は、クリストファー・マルトマンのものがありましたので、それで予習。このCDはストレスフリーで聴けました。

 こんなふうに気合いを入れて臨んでも、実際にアレンが目の前に現れると一瞬のうちに舞い上がってしまい、歌を聴いているんだか挙動に見惚れているんだかわからなくなっちゃうのですが、だからこそ、曲をある程度知っておいてよかったと思いました。

 曲目は以下の通り。

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 Poulenc and Courtly Love

Debussy : Trois Balldes de Fsancois Villon(3曲)
Poulenc : Songs from Poemes de Ronsard(3曲)
Duparc : L'invitation au voyage
        Soupir
        Le Manoir de Rosemonde
Ravel : Don Quichotte a Dulcinee
Poulenc : Le Bastiaire, ou Cortege d'Orphee
Poulenc : Le bal masque

Sir Thomas Allen baritone
Malcolm Martineau piano
Members of the Aurora Orchestra

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 さて近年、調子の良いときと悪い時の差が著しいアレンの声。この日はけっこう好調でして、静かな曲はしっとりと、華やかな曲は凛凛と冴えた声をホールいっぱいに響かせていたと思います。

 特に、PoulencのSongs from Poemes de Ronsard から、"A Son Page"でしたか。他のアップテンポな曲でもそうでしたが、歌いだしのアタックがたいへん力強く、激しく、薄いガラスが粉々に砕けそうなほどだったのには驚きました。空気がビンッと揺れたんですよ。

「や……や……やれば出来るじゃないのぉぉぉぉ!!!(*゚Д゚)」(←失礼千万)

 しんみりしたバラードであっても、情感のなんて豊かなこと。ひっそりと囁いていると思いきや、ひとたびクレッシェンドとなると足を踏み出し、胸を開いて、ホールの空間を丸ごと征服するかのごとく、堂々と声を響かせていきます。その圧倒的な迫力、物悲しくも美しい生命の咆哮。

 声楽家は全身が楽器というのは、まさにこれだと思いました。

 オペラを歌っている時のような“作られた”仕草、キャラクター性を意識したある意味制御された歌唱からは、これを感じとることは難しいでしょう。CDの録音であっても同じこと。

 声、歌唱そのものによってもたらされた、プリミティヴで生々しい感動は、ピアノだけの伴奏のこういった演奏形式だからこそ味わえたのだと思います。

 アレンという名の生身の楽器――私の愛してやまぬ“声”が人を象り、まさに目の前に在ったのですから。

↓“名器”アレン。歌ってない時は普通のじーちゃん。
アレン@ウィグモアホール2 調子が良くても、低音は今は普通に出ないようですが、それを補って余りある表現力があります。

 CDで聴いていたフランス人歌手のヘロヘロは言うに及ばず。マルトマンだって予習で聴いていた時には「なかなかやるじゃない」と思っていたのですが、ひとたびアレンで聴いてしまうと、どうにも平坦に感じてしまうくらい。マルトマン、まだ若いし。

 アレンはもうじーちゃんですから。若い頃のを聴けば、ものすごい嘘臭い歌唱をしていますが、こういうところ、やはり年配者に一日の長があるってことなんでしょう。

 また、アレンは今でこそオペラ界の(往年の)スターですが、声楽を始めたばかりの頃はコンサート歌手を目指していたらしいのです。なんでも、出身地ダーラムには劇場がなく(今でもそうかは知りませんが)、ロンドンの王立音楽学校に入るまでオペラなんて観たことも聴いたこともなかったとか。

 彼のオペラ界での活躍ぶりからすると意外ですが、私なんぞも実は、オペラにおけるアレンの才能は歌唱よりも演技のほうにあると思っていて、歌唱だけを取り上げるのならば、むしろコンサート系の歌手だったのではないかなぁと、やはり考える時があるのです。

 まぁとにかく、それくらい心を揺さぶられる歌唱でした。高音域の頭声のつややかさは若い頃と比べてもそれほど遜色はありませんでしたし。

 ただ、"Le Tombeau"のあたりから高い音が微妙にカサついてきて、「おっ? La bal masqueではラストでファルセットがありますけどダイジョブですか?」なんて思ったのですが、その後のDuparc以降は持ち直してきました。
 このくらい、もう慣れっこなんでしょうね(笑)

 さて、さまざまな感慨に浸りつつ夢のように時は過ぎ去り、インターバル。

 地下の休憩室で椿姫さんと、
「アレンはいつ引退するんでしょうねぇ?」(!!!!)
「若くていいバリトンもいるのに、いつまでもオイシイ役を独り占めしちゃって……」(!!!!)
 なんて話題に華を咲かせ(ナ、ナハハハ…;;;; アレンちゃんゴメンね)……

 いや、椿姫さんが「飽きた」とおっしゃるのもわかります。私だって、こんなに大ファンにもかかわらず、アレン弁者の魔笛を続けて観た時には正直、飽きましたものネ;;;

 人間、苦労して手に入れたものほど愛着を抱くんだそうです。東京とロンドン、直線距離で約9500キロもの隔たりがなければ、私のアレン熱もここまで怪しく盛り上がったかどうか……。

 引退公演でもあろうものなら、会社を辞めてでも駆けつけますよ!!(`・ω・´) シャキーン などと、ここで無責任に宣言。
 ま、そんな私たちの会話を他所に、ご本人は2010年のオファーをお受けになっていたご様子ですが(笑)

 その後、第二部が始まりました。

アレン@ウィグモアホール3 プーランクの"Le bal masque"はいわば歌付きの室内楽曲。弦と管とパーカッションの奏者がアレンを半円形に取り囲みます。アレンも椅子に腰かけて、今度は譜面台も置いてある。胸ポケットから取り出した老眼鏡をひょいっとかけて譜面を覗き込む姿、ホントに普通におじいちゃんですw

 「仮面舞踏会」というタイトルの通り、リズミカルで、とっても楽しい曲。
 オモチャ箱をひっくり返したような――なんて言うと大袈裟ですが、ちょっと童心に帰ったようなユーモアに溢れた曲なんです。
 ときたまトランペットが軽妙な合いの手を入れてきて、そう、ガーシュウィンの「巴里のアメリカ人」に雰囲気が似てるかな。

 器楽曲が主なので、半分くらいはアレンは歌わずに座ったまま。

 音源だけを聴いていた時は「手持ち無沙汰じゃないのかなぁ~」なんて思っていまして、この間アレンが何をしているかを観察するのがちょっと楽しみでもあったんです。

 2005年のライブCDでもすごく気になっていたんですよ。だって拍手の合間に、客席から溺愛の笑い声がしばしば聞こえてくるんですもん。
 なんとなく、観なくても想像はついちゃうんですけどね。

 で、実際に観た感想としては、

「んま~ぁ、カワイコぶっちゃって(*゚Д゚)」

 別に何かおかしなことをやらかすわけではないんですが、そもそも落ち着きが無いです、このじーちゃん。
 器楽奏者の演奏中に、もうキョロキョロ、キョロキョロ。ヴァイオリンを見たり、トランペット奏者に振り向いたり。それがぜ~んぶ上目遣い。口角も上にあがっちゃってるし。

 ピアノがユーモラスに「ちゃらんっ」とやれば、それに合わせて眉毛を「ぴょこんっ」とやるし。
 
その瞬間、「どよっ」「ウフフっ」と、客席から起こるわけです。例の、例の、溺愛の笑い声がっ。



 コレだったのかぁぁぁ~・:*:・(*´∀`*)・:*:・

 (↑結局、自分もヤラレているw)



 どうやら、ドンジョを引退した時点で「もはや色気では売れない」と判断した兄さん。若い女性の「キャーキャー」は諦め、今後の人生、「このおじーちゃん、カワイ~イ!!」と溺愛される方向へ路線変更したに違いありませんよ!?

 三つ子の魂百まで。一人っ子パワー恐るべし。

 溺愛ムードづくりは大成功。選曲もよかったんでしょう。
 大ラスのファルセットも絶好調で、ここでもちゃんと笑いをとったし(ファルセットごときでウケるのよ? 溺愛ってすごいわ)、お茶目さんなアレンらしい楽しい雰囲気で幕を閉じたのでありました。

 この至福のひととき。ロンドンの椿姫さんのお力添えがなければ到底叶わなかったことです。
 切符の手配から始まって、当日はお付き合いもしていただいて、本当にありがとうございました。
 

(お付き合い&お写真も撮ってくださった椿姫さんの感想記事はコチラ。同じコンサートでも正気な方の視点だとこんな感じですw)


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※photo by ロンドンの椿姫さん


※注1オホホホ唱法 《造語》
 アジリタ(細かくて速いパッセージ)を歌う時にレガートでやらずに、つまり音を繋げずに、音符の境目に子音「h」を入れてしまう歌い方の総称。例えば、母音「O」を伸ばしながらこれをやると「オホホホ」と言っているように聞こえる為にこう呼ぶ。
 母音によっては「イヒヒヒ(母音 i )」「アハハハ(母音 a )」と聞こえることもある。
 アレンは特に「オホホホ」が目立つ。アレンの場合、アジリタが短いと咳払いをしているようにも聞こえるため、そこから「咳払い唱法」という呼び名も派生した。
 専門用語ではないため、この用語の一般使用は勧められない。

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関連記事リンク

トーマス・アレンの歌曲 同じウィグモア・ホールにおける、2005年のアレンのリサイタルのライブ盤の感想記事。

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